突然の訃報に、心が追いつかない理由
ニュース速報を見たとき、一瞬だけ時間が止まったような感覚になりました。将棋界のレジェンド、「ひふみん」こと加藤一二三九段の訃報。正直に言って、わたしは彼が100歳を過ぎても元気に「ひふみんアイ」を披露してくれるものだと、どこかで勝手に信じていました。
テレビ番組で見せる、あのニコニコとした笑顔、早口で熱心に語る姿、そして時折見せるチャーミングな仕草。ひふみんは、私たちの日常に当たり前に存在する「元気の源」のような人でした。だからこそ、今こうして彼がもうこの世にいないという事実を突きつけられて、言葉にならない寂しさを感じている人は、わたしだけではないはずです。
「ひふみん」という愛称に隠された、真の天才の姿
今の若い世代の人たちにとって、彼は「面白いおじいちゃん」という印象が強いかもしれません。でも、彼が盤面に向かった時の凄まじさを、改めて振り返っておきたいんです。彼は14歳で史上初の中学生棋士となり、「神武以来の天才」と呼ばれました。これは、今の藤井聡太八冠が登場するまで、ずっと破られなかった伝説的な記録です。
加藤先生の将棋は、常に全力投球でした。棒銀(ぼうぎん)という一つの戦法を生涯愛し続け、どんな相手にも真っ向から立ち向かっていく。そのスタイルは、まさに「侍」そのもの。対局中にチョコレートをバリバリと食べたり、ネクタイが異様に長かったり、エアコンの温度設定で対局相手と揉めたりといった数々の伝説的なエピソードも、すべては「勝負に対してあまりにも純粋だったから」こそ生まれたものです。
将棋界を飛び越えて、日本中に愛された理由
なぜ、彼はこれほどまでに愛されたのでしょうか。わたしは、彼が「常に100%の自分」で生きていたからだと思うんです。将棋盤の前では命を削るような集中力を見せ、バラエティ番組では周りを笑顔にするために全力で歌い、笑う。そこには計算も、裏表もありませんでした。
プロの棋士として、そして一人の人間として、自分の好きなことにこれほどまでに情熱を注ぎ続けられる姿は、多くの人の目に「希望」として映っていたはずです。「好きなことを貫いていいんだ」「年を重ねても、こんなにチャーミングでいていいんだ」と、彼は背中で教えてくれていたような気がします。
SNSで見られた、三者三様の「さよなら」
SNSを眺めていると、本当に多種多様な追悼のメッセージが流れてきます。その反応をいくつか辿ってみると、彼がどれだけ多層的な魅力を持っていたかが分かります。
往年のファンが語る、盤上の重み
古くからの将棋ファンは、中原誠十六世名人や米長邦雄永世棋聖といった巨人たちと死闘を繰り広げていた頃の、鋭い眼光の加藤一二三を懐かしんでいます。「あの頃の鋭い指し回しは、今のソフト全盛の時代にはない人間味に溢れていた」という声には、わたしも深く共感します。彼は、将棋がまだ「芸」であり「ドラマ」だった時代を象徴する最後の一人だったのかもしれません。
若い世代が愛した、バラエティ番組での「ひふみん」
一方で、バラエティ番組で彼を知った若い層からは、「おじいちゃんを亡くしたような気分」「テレビに出てくるだけで場が和んだのに」という、親戚のような親しみを込めた追悼が目立ちます。将棋のルールは分からなくても、彼のキャラクターは誰の心にも届いていました。これほどまでに幅広い世代から、同時に、そして本気で悲しまれる人は、そうそういません。
わたしが思う、加藤一二三という生き方
わたしは、彼が最後に藤井聡太さんと対局した時のことをよく覚えています。新旧の天才が交差したあの日、彼は負けてしまいましたが、その表情には晴れやかなものがありました。バトンを渡したという自覚があったのか、それとも単に将棋が楽しかったのか。おそらく、その両方だったのでしょう。
加藤先生の人生は、常に「前向き」でした。現役を引退してからも、彼は自分の居場所を見つけ、常に新しいことに挑戦していました。そのエネルギーの源は、やはり「愛」だったのだと思います。将棋への愛、人への愛、そして自分自身の人生への愛。
私たちが彼を失って感じるこの大きな穴は、おそらくすぐには埋まりません。でも、彼が残してくれた数々の名対局、そしてお茶の間を明るくしたあの笑い声は、これからも消えることはありません。
まとめ:彼が残してくれた「優しさ」と「情熱」を忘れない
加藤一二三九段、本当にお疲れ様でした。あなたは将棋の厳しさと、生きることの楽しさを、同時に教えてくれた希代の表現者でした。あなたが愛した「棒銀」のように、真っ直ぐに、そして力強く。わたしたちも、自分の人生をあなたのように全力で楽しめたら、どんなに素敵だろうと思います。
天国では、先に旅立たれたライバルたちと、心ゆくまで大好きな将棋を指しているのでしょうか。それとも、大好物のうな重を食べて、ゆっくり休んでいるのでしょうか。どちらにせよ、そこにはきっと、あの輝くような笑顔があるのだと信じています。
ひふみん、本当に、本当にありがとうございました。あなたのことは、一生忘れません。

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