朝、目を疑ったあのニュース。心が追いつかない。
ねえ、信じられる? 今朝流れてきたあのニュース。スマホの通知を見た瞬間、心臓がぎゅっと冷たくなるような、あの感覚。米倉涼子さんが書類送検されたという文字が、どうしても現実のものとは思えなくて、何度も読み返してしまいました。きっとわたしだけじゃなく、多くの人が同じように、画面を前にして言葉を失ったはずです。
これまで、わたしたちにとって彼女は単なる「俳優の一人」ではありませんでした。特に『ドクターX』という作品を通して、彼女はわたしたちのヒーローだったから。どんな困難も、組織のしがらみも、圧倒的なスキルと信念で跳ね除けてきた「大門未知子」。その姿に、どれほど多くの人が勇気をもらい、明日への活力を得てきたことか。だからこそ、今回の出来事は「一人の芸能人の不祥事」という枠を完全に超えて、わたしたちの心の中にある大切な何かを壊してしまったような、そんな気がしてならないんです。
「私、失敗しないので」という言葉の重み
今回の件で、SNSや掲示板を見ていて一番胸が痛むのは、やはりあの一言が引き合いに出されていること。「私、失敗しないので」。ドラマの中で何度も繰り返され、日本中の誰もが知るようになったあの名セリフが、今はとても悲しい響きを持ってわたしたちに突き刺さっています。もちろん、ドラマのキャラクターと現実の俳優さんは別物だと、頭ではわかっています。でも、米倉さん自身がそのキャラクターの強さと誠実さを体現しているように見えていたからこそ、わたしたちは安心して彼女を応援できていたんですよね。
「失敗しない」という言葉は、プロフェッショナルとしての誇りの象徴でした。それがこのような形で裏切られてしまったという感覚。それは、作品を愛してきたファンにとって、これまでの視聴時間がすべて否定されたような、やりきれない思いに繋がっているのかもしれません。完璧であってほしかった。少なくとも、あの大門未知子のイメージを壊すようなことだけはしないでほしかった。そんな、ファンの切実な「理想の押し付け」かもしれないけれど、それだけ彼女が背負っていた看板は重かったのだと感じます。
作品に罪はあるのか? 配信停止を危惧する切実な声
そして今、SNSで最も多く叫ばれているのが「ドクターXを消さないで」という願いです。過去、出演者の不祥事によって名作が配信停止になったり、DVDが回収されたりするケースを、わたしたちは何度も見てきました。でも、今回の作品は規模が違います。10年以上続き、日本を代表する国民的ドラマとなった『ドクターX』が、もしも「なかったこと」にされてしまったら?
「作品に罪はない」という言葉。これについては、ずっと議論されてきたことですよね。確かに、米倉さん一人の問題で、共演者やスタッフ、そして何よりその作品を宝物のように思ってきたファンの思い出まで封印されてしまうのは、あまりにも残酷です。Amazon Prime VideoやNetflixでいつでも会えると思っていた大門未知子に、もう会えなくなるかもしれない。そんな恐怖が、ファンをさらに追い詰めています。それは、自分の人生の一部が、誰かの過ちによって勝手に消去されるような感覚に近いのかもしれません。
SNSで見えた「3つの複雑な感情」
世間の反応を詳しく見ていくと、大きく分けて3つの感情が渦巻いているのがわかります。あなたは、どの感情に近いでしょうか?
1. 憧れのアイコンが崩れたショック
「彼女だけは違うと思っていた」という信頼が強かった分、反動での失望が大きいパターンです。強くて潔い、女性の憧れの象徴だった彼女のイメージが、今回の報道で一気に塗り替えられてしまったことへの戸惑いです。
2. 「作品まで消さないで」という祈り
不祥事そのものへの批判よりも、これからの放送や配信への影響を最も心配している人たちです。「大門未知子はわたしたちの心の中にいる。彼女自身の過ちと、ドラマの価値は切り離してほしい」という、作品愛ゆえの悲鳴です。
3. 「それでも嫌いになれない」自分への葛藤
長年応援してきたからこそ、事実を信じたくない、あるいは何か事情があったのではないかと探してしまう。責めるべきだとわかっていながら、これまでの感謝の気持ちが消えずに苦しんでいる、最も繊細なファンの方々です。
わたしたちは、これからどう向き合っていけばいいんだろう
わたしは、俳優さんの不祥事について「厳罰に処すべき」とか「許すべき」とか、そんな簡単に白黒つけられるものではないと思っています。でも、一つだけ確信しているのは、ファンが抱いているこの「絶望」は本物だということです。名作が持つ力は、時に個人の存在を超えます。『ドクターX』が描いてきた「命を救うことへの執念」や「権力に屈しない勇気」は、たとえ現実で何が起きようとも、わたしたちが受け取った真実であることに変わりはありません。
今はただ、この騒動がどのような着地点を迎えるのか、祈るような気持ちで見守るしかありません。でも、もしも可能なら、作品が持つ価値までを否定し、歴史から消し去ることだけは避けてほしい。それが、傷ついたファンの心を救う唯一の道ではないかと、わたしは思うのです。これから先、またいつか、何の憂いもなく「私、失敗しないので」という言葉にワクワクできる日が来ることを、今はまだ信じたい。そんな風に思ってしまうのは、甘いのでしょうか。でも、それくらい、彼女とあの作品はわたしたちにとって大きな存在だったんですよね。

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