ミラノ五輪・TEAM JAPAN結団式に寄せて。画面越しに伝わる「覚悟」と、わたしたちができる本当の応援

結団式のニュースを見て、ふと手が止まった。

こんにちは、編集者のわたしです。いよいよミラノ五輪の開幕まであと10日となりましたね。ニュースやSNSで「TEAM JAPAN 結団式」の様子が流れてくると、いよいよだなという高揚感とともに、どこか胸がキュッとなるような感覚を覚えたのはわたしだけでしょうか。

画面の中で、パリッとした新しい公式ウェアに身を包んだ選手たちの表情。そこには、4年前、あるいはもっと長い時間をかけて積み上げてきた「覚悟」が、痛いほどに刻まれていました。テレビのキャスターは「メダルへの期待が高まります」と明るく言いますが、その一言が、彼らにとってどれほどの重量を持っているのか。今日は、そんな結団式を見て感じたこと、そしてSNSで飛び交う様々な声について、少し落ち着いて考えてみたいと思います。

公式ウェア解禁!デザインへの賛否よりも大切なこと

結団式といえば、注目されるのが「公式ウェア」ですよね。今回もデザインが公開されるやいなや、SNSでは「かっこいい!」「日本らしい」「いや、もう少しこうして欲しかった」と、いろんな意見が飛び交っています。これ、実はオリンピックあるあるの風景でもあります。

でも、わたしは思うんです。あのウェアをまとう瞬間、選手たちは「一個人の競技者」から「日本を代表する選手」へと、公的な存在に変わるスイッチが入るのではないかと。素材の良し悪しや色味の好みは人それぞれですが、あの赤いロゴ、日の丸の重みを感じながら袖を通す選手の心中を察すると、デザインの批評なんて些細なことに思えてきます。

「わかる、もっとオシャレにしてあげたかったよね」という共感もあれば、「機能性こそが命だからこれでいい」という意見もある。どれも選手を想ってのこと。でも、何よりも大切なのは、あのウェアを着た選手たちが、少しでも誇り高く、そして動きやすく戦える環境があることですよね。

「主将」と「旗手」という、重すぎる看板

今回の結団式で大きな注目を集めたのが、チームを牽引する主将と旗手の顔ぶれです。名前が呼ばれ、登壇する彼らの背中を見て、わたしは思わず「頑張れ」よりも先に「大丈夫だよ」と声をかけたくなってしまいました。

主将という役割は、自分の競技結果だけでなく、チーム全体の士気や、メディア対応、さらには不測の事態への責任まで背負わされることが少なくありません。今の時代、SNSで直接的に称賛も批判も届いてしまうからこそ、その重圧はかつての比ではないはずです。

「この人ならやってくれる」「この人しかいない」という周囲の信頼は、時に残酷な鎖にもなり得ます。結団式での決意表明、一言一句を選びながら話す彼らの真剣な眼差し。それは、単なるスポーツの大会に出る人の顔ではなく、一つの国の期待という巨大なエネルギーを一身に引き受けようとする、求道者のそれでした。

SNSでの反応を見ていて思うこと

ネットの海を回遊していると、本当に多様な感情が渦巻いているのがわかります。大きく分けると、以下の3つのパターンが見えてきました。

1. 「金メダル確実!」という熱狂的な期待層

これは最もスタンダードな反応です。「この種目なら絶対いける」「冬の日本は強い」というポジティブな応援。もちろん、これが選手の力になることもありますが、時に「取って当たり前」という空気が、選手を追い詰めてしまう側面もありますよね。

2. 「無理をしないで」という母性・父性的な見守り層

最近増えているのがこの層です。「結果よりも、怪我なく帰ってきてほしい」「笑顔が見られればそれでいい」という、選手の心身の健康を第一に考えるファン。SNSでも「どうか自分を追い詰めすぎないで」という温かいコメントをよく目にします。

3. 運営や選考、ウェアに対する懐疑・批判層

「なぜあの選手が選ばれなかったのか」「ウェアの予算はどこに消えた」といった、構造に対する鋭い視点です。これもまた、大会を健全に運営するためには必要な議論かもしれませんが、結団式という門出の日にあっては、少しトゲとして残ってしまうこともあります。

こうした様々な反応を見ていると、わたしたち視聴者もまた、五輪という巨大な物語の登場人物なんだなと感じます。選手に何を投影し、何を期待するのか。それは、わたしたち自身の鏡でもあるのかもしれません。

わたしが思う、ミラノ五輪の楽しみかた

ここで少し、わたしの個人的な考えをお話しさせてください。わたしは、オリンピックを「結果を確認する場」ではなく、「人間の美しさを目撃する場」だと捉えたいと思っています。

勝った、負けた、メダルを獲った、届かなかった。それは競技の記録としては残りますが、その裏側にある、震える手でスタートラインに立つ姿や、やり切った後の清々しい、あるいは悔し涙にこそ、スポーツの本質があると思うんです。

結団式で彼らが見せたあの「引き締まった表情」を、どうか大会が終わるまで忘れないでいたい。あの緊張感こそが、彼らが人生をかけて向き合ってきた証だからです。わたしたちにできるのは、「金メダルを獲って」と願うこと以上に、「あなたの努力が、どうか納得のいく形で氷上や雪上に刻まれますように」と、静かに祈ることではないでしょうか。

最後に。10日後の開幕に向けて

結団式が終わり、選手たちはそれぞれの最終調整へと向かいます。ミラノの冷たい空気の中で、彼らは孤独な戦いを始めるでしょう。でも、その背中には、わたしたちの温かい(そして、できれば押し付けがましくない)視線が並走しています。

開幕までの10日間。わたしたちも、心の準備をしませんか。ただの観客として結果をジャッジするのではなく、同じ時代を生き、挑戦する仲間を応援する一人として。公式ウェアに袖を通した彼らが、最後にはそのウェアを脱いで、心からの笑顔で日本に帰ってこられるように。そんな優しい視線が、今のTEAM JAPANには一番必要なんじゃないかな、とわたしは思います。

さあ、冬の祭典が始まります。彼らの「覚悟」が、ミラノの空で美しく花開く瞬間を、一緒に見守っていきましょう。

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