テレビの前で「うわぁ…」となってしまったあなたへ
こんにちは、わたしです。先日放送されたフジテレビの『ザ・ノンフィクション』、ご覧になりましたか?「令和の婚活」をテーマにしたあの回、放送直後からSNSは大荒れでしたよね。タイムラインを眺めていると、怒っている人もいれば、悲しくなっている人もいて、まさにカオスな状態でした。
画面越しに映し出される、あまりにも過酷な婚活の実態。出演者の方の言動に対して「それは無理だよ」「もっと現実を見なよ」とツッコミを入れたくなる気持ち、痛いほどわかります。でも、同時にどこか「見てはいけないものを見てしまった」ような、胸の奥がザワザワする感覚になりませんでしたか?
今回は、なぜあの番組がこれほどまでに私たちの心を激しく揺さぶるのか、そしてあの「地獄」の正体は何だったのか。友達にLINEを送るような気持ちで、ゆっくり紐解いていきたいと思います。
「市場価値」という名の残酷な物差し
番組で描かれていたのは、単なる「恋人探し」ではなく、自分のスペックに値段をつけられ、他者と比較され続ける「市場」そのものでした。特に視聴者の感情を逆なでしたのは、自分を棚に上げて相手に高い条件を突きつける姿や、アドバイザーからの愛のある(?)、しかしあまりに辛辣な言葉の数々です。
「普通の人」が一番難しいというジレンマ
よく婚活市場で言われる「普通の人がいい」という言葉。これが令和の今、どれほど贅沢な望みになってしまったのかを痛感させられましたよね。年収、容姿、コミュ力……。一つひとつは高くなくても、すべてが「普通」である人を捕まえるのは、実は宝くじに当たるような確率だったりします。
出演者の方が理想を下げられない姿を見て、「わがままだ」と切り捨てるのは簡単です。でも、これまでの人生で積み上げてきた「自分へのプライド」を、たかが婚活のためにゴミ箱に捨てるのって、実はものすごく勇気がいること。わたしは、あの頑なな姿に、現代人が抱える「自分を肯定してほしい」という切実な叫びを感じてしまいました。
SNSで吹き荒れる「怒り」の正体
放送中、X(旧Twitter)では批判的な意見が溢れかえりました。「見ていてイライラする」「この人は一生結婚できない」……。なぜ、私たちは見ず知らずの他人の婚活に、これほどまで熱くなり、怒りを感じてしまうのでしょうか。
鏡としての『ザ・ノンフィクション』
それはきっと、あの番組が「私たちの内面にある醜さや不安」を映し出す鏡になっているからだと思うんです。自分だって、誰かを条件で選んだことがある。自分だって、自分の価値を高く見積もりすぎて恥をかいたことがある。あるいは、自分もいつかあんな風に「市場」から拒絶されるかもしれない……。
そんな言語化できない恐怖や自己嫌悪が、「出演者への攻撃」という形で噴き出している気がしてなりません。つまり、出演者を叩くことで、「私はあんなに酷くない」「私はまだ大丈夫」だと自分に言い聞かせたい。そんな防衛本能のようなものを感じるのです。そう思うと、あの激しい議論すらも、どこか寂しい光景に見えてきませんか?
アドバイザーの言葉は「暴力」か「救い」か
もう一つの争点は、婚活アドバイザーの方の厳しい指導ですよね。「今のままでは一生無理」「考え方が甘い」といった言葉。今の時代、ああいう強い言葉は「ハラスメント」と取られかねません。実際、見ていて「そこまで言わなくても……」と胸が締め付けられた方も多いはずです。
でも、婚活という「結果がすべての世界」において、優しさだけで接することが本当の救いになるのかという問いも、同時に突きつけられました。残酷な現実を突きつけて、目を覚まさせる。それは一種の外科手術のようなもので、執刀医であるアドバイザーもまた、血を浴びる覚悟で言っているのかもしれません。とはいえ、あの「価値観の矯正」をエンターテインメントとして消費するテレビの構造には、わたしも少し複雑な思いを抱きました。
最後に:私たちはどう生きるか
番組を見て「婚活なんて絶対したくない」と思った人もいれば、「自分も気をつけなきゃ」と襟を正した人もいるでしょう。正解はありません。ただ一つ言えるのは、他人に評価される「市場価値」と、あなたの「人間としての価値」は、本来全く別物だということです。
今の令和という時代は、あらゆるものが可視化され、数字で測られてしまいます。だからこそ、あの番組のように、誰かに自分を全否定されるような場面に直面すると、立ち直れなくなってしまう。でもね、婚活で選ばれなかったからといって、あなたの人生が否定されたわけじゃないんです。
わたしは、あの番組に出演した方々の「幸せになりたい」という執念そのものは、否定したくないなと思っています。不器用で、プライドが高くて、周りが見えなくなっていても、それでも誰かと生きていきたいと願うことは、とても人間らしいことだから。あの「地獄」を見てモヤモヤした後は、少しだけ自分を甘やかしてあげてください。私たちはあんなに必死に、でも必死に生きるしかない時代を、一緒に歩いている仲間なのですから。
次にあの番組の続きが放送されるとき、私たちはどんな目であの「鏡」を見るのでしょうか。少しでも、優しい世界になっていることを願って。

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